宇多田ヒカルの宣伝プロデューサー・ソニーミュージック 梶 望氏が語る「働き方と求められる人材像」

 

『エンタメ人☆彡』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。20代のエンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向まで伺っていく。第1回は、長らくの人気業界である音楽業界を掘り下げる。

音楽ビジネスは、サブスクリプション・サービスが台頭し、大きな転換を遂げようとしている。その最前線に立ち続ける宣伝プロデューサーは、今、業界にどのような人材を必要としているのだろうか?
宇多田ヒカルはじめ、数多くの大物アーティストの作品を世に出してきた、ソニーミュージックの敏腕プロデューサー 梶 望(かじ・のぞむ)氏に、エンタメ業界の動向と展望について伺い、必要とされる人材像を探る。(編集部)

梶 望(かじ・のぞむ)
ソニー・ミュージックレーベルズ 第3レーベルグループ エピックレコードジャパン オフィスRIA制作部 兼 EST制作部 部長

1995年(現)日本コロムビア入社。1996年(当時)東芝EMI入社(その後、EMI MUSIC JAPANへ社名変更。ユニバーサル ミュージック合同会社に吸収合併)。宇多田ヒカル、AI、今井美樹、MIYAVI、GLIM SPANKYなどの宣伝プロデュースを担当。2017年、宇多田ヒカルのレーベル移籍に伴い、ソニー・ミュージックレーベルズに入社。現在は宇多田ヒカル、いきものがかりの他新規事業も手掛ける。

徹底した現場主義で生まれる戦略と遊びのなかで培った人脈

── 音楽業界に入られたきっかけは?

僕はバンド・ブーム世代なので、高校・大学ではバンドをやって音楽漬けの毎日でしたね。
叔父がまちづくりの大学教授をしていたこともあり、その影響で都市計画などに関心をもっていて、大学の専攻は理工学部土木工学科だったんですよ。でもやっぱり音楽が好きということで、この業界に入りました。業界に入る前は、新しい音楽を見出して人を感動させることへの憧れがありました。安室奈美恵(敬称略、以下同じ)やGLAYなどミリオンヒットが連発する時代だったので、まぶしさを感じていました。

── どんなお仕事に携わってこられましたか?

はじめは、THE ALFEEや布袋寅泰のアシスタントをやらせてもらっていて、27歳で初めて担当することになった新人が宇多田ヒカルでした。

彼女のデビュータイミングでは、はじめに戦略があったのではなく、メディアの方々に教えていただいたことや、プロモーションする過程で肌で体感したことをもとに戦略を構築していきました。

当初、机に座ってプランを考えていたら当時の部長にめちゃくちゃ怒られて。「若造が机上で何ができる。とにかく全国をまわって来い!」と…。

ラジオ局が音楽プロモーションにおいて特に比重が大きい時代でもあったので、FMを中心に北海道から福岡まで、プロモーション用のCDを何百枚も持っていろんなメディアをアポなしで駆けずりまわりました。そうやって昼間はラジオ局などへ行って、夜は接待、それが終わったらクラブへ出かけるの繰り返しでしたね。

音楽メディアの方々のなかには、「いち早く才能を見つけて伝える」ということに生きがいを感じている人が多くて、「この子はこんなふうにプロモーションするとリスナーに伝わると思う」という感じでヒントを教えてくれるんです。とても勉強になりましたね。また、クラブではDJにプロモーションをかけるんですが、DJもお客さんにも新しい音楽を求めている人が多いので、フロアでかけてもらうと反応があるんですよ。DJには横のつながりがすごくあるので、顔が利く人に挨拶に行くとそのエリアのクラブ・プロモーションをお手伝いいただけたりもして。

デビューする6ヶ月ぐらい前からプロモーションをやっていたんですけど、ある地方の局では、その月のお問い合わせランキングで1位になるなど、コンテンツの力もあって初動の段階でリスナーからのダイレクトの反応がありました。「ラジオから売れた」とよく言われているんですけど、実際はそういう地味なことの積み重ねで全国の局におけるパワープレイに選ばれているわけです。

── 仕事に関するノウハウや情報収集は現場で身につけられたということでしょうか。

そうですね。

当時の音楽業界では、ヒットのセオリーのようなものがある程度、決まっていて。乱暴な言い方をすると、たとえば、月9のタイアップがとれれば、まずヒットは確実だし、「ミュージックステーション」に出れば、次の日のバックオーダーが1万枚を切ることはなかったんです。

影響力がある番組に出れば、ビビッドにユーザが反応するいう方程式がある程度できあがっていたので、あとはそこにどう関わっていくかということ。先輩から習うのは、ラジオや新聞テレビ、それぞれのメディアのカルチャーや付き合い方など。本で学ぶことというよりは、現場に出て温度感を肌で学んでいくことでしたね。

── 業界ならではの厳しさを感じられたエピソードがあれば教えてください。

絶えず人と対面して仕事をするので、キーパーソンの機嫌を損ねて仕事が飛ぶこともよくありました。

ただ、仕事のプロセスには辛いこともたくさんあるんですけれど、やり遂げたときの達成感はものすごく大きいです。面白いエンターテインメントを作ろうという思いが最初にあって、そこにスタッフがおのずと集まってくる。やらされているんじゃなくて、チームとして積極的にひとつのエンターテインメントを作り上げていくことが醍醐味かなと思います。

── 20代において、どんな過ごし方をしておけば良いでしょうか。

まずは友達をいっぱい作ることをおすすめしたいですね。昔の友達が今の仕事に活きていることってすごく多いです。人が人を呼んで、その人が仕事を持ってきてくれる。人のつながりに支えられていることを実感しています。20代は忙しくてあまり遊ぶ時間はありませんでしたが、30代になって仕事がこなれてくるとよく遊ぶようにしていました。仕事が終わったら遊んでる友人に連絡して、クラブやパーティーで友達と合流し、そこでまた面白い人を紹介してもらう、というのを繰り返していましたね。

また、自分が面白いと思えるかどうか、その感覚を大事にしたほうがいいですね。面白い人の周りには面白い人が集まっているもの。だから、「面白いな」と思える人のところには這ってでも行くといいと思います。

── 人によっては遊び方が分からない方もいるかもしれないですね。

なんでもいいんですよ。必要なのは好奇心だと思います。好奇心がないと人を好きになれないし、人を好きになれないなら、もしかしたら別の業界や業種を選んだ方がよいかもしれません。この業界に限って言えば、好奇心旺盛な人が向いていると思います。

あとは、自分の得意なものを何かひとつ持っておくのもいいですね。僕は27歳のときに、他のプロモーターに比べて劣っていることばかりだったんですけど、ひとつだけ優れていたのが、デジタルに強いところだったんです。周りはみんな文系出身だったので、僕だけがデジタルに詳しく、ロジカルな考え方ができていたところに、違いと強みがあったと思います。

それから、いま成功している人の話をたくさん聞いたほうがいいと思います。先日、マーケターとしてキャリアのある方のセミナーを聞きに行ったんですが、今は役に立たない20年くらい前の成功の話をいまだにしてるんですね。ところが、Instagramが得意なすごく若い人のセミナーを受けてみたら、これがすごく面白い。今まさに成功している人の話は、やっぱりいつでも面白いし実際に役にたちます。

 

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業界で活躍しているのは「相手軸で仕事ができる人」

── 宇多田ヒカルの後にも次々とヒットを生み出されていますが、そういったヒットを連発するための方程式ですとか、再現可能性はあるのでしょうか?

あったりなかったりですね。アーティストのキャラクターも作る音楽も千差万別。いくら宇多田ヒカルでうまくいったからといって、同じ方法論が他のアーティストにそのまま使えるというのはちょっと違うと思っています。ノウハウや人脈を活かすことはできますが、それは戦術の話。戦略を作る上ではやはりアーティストごとに全然違いますね。

たとえば、AI(アイ)を担当したときも、ファンがどんなファッションが好みで、どういうライフスタイルなのか、そうしたマーケティング・リサーチを定量分析と定性分析の両面から徹底的に洗い出していきました。その結果「ハピネス」で再ブレイクしたという具合に、ファンのことを正しく理解したうえで戦略を立てると、アーティストからも反発を受けることが少ない。

ところが、担当の考えや従来のやり方を自分の主観だけで当てはめるのは、一番反発を受けやすい。当然のことですが、アーティストっていい意味で自意識がとても高い方々なので、そこでハレーションが起きてしまうんですよね。

担当するアーティストをいかに輝かせられるかを丁寧に考え、実践していくことで、アーティストの信頼を得ていくことが大切。型のようなものにこだわらず、アーティストやファン目線で仕事を進められる人が活躍しているのが、この業界の特徴だと思います。

これからの音楽業界で注目される3つのトピック

── 年代を経て業界にもさまざまな変化がみられたと思います。今後の音楽業界において重要なトピックを挙げるとすると、いかがでしょうか。

トピック1 :サブスクリプション(以下、サブスク)

音楽業界のトレンドというと、まずはサブスクリプションですね。サブスクリプション化がそこまで進んでないのは世界でも日本とドイツだけ。国内でサブスク化が遅れている理由のひとつは、邦楽が強いこと。それ以外には、たとえばアイドルビジネスに代表されるフィジカルの特典をつけた手法が流行していたことも影響していると思いますね。

トピック2 :ライブのあり方

ライブのあり方も変わりましたよね。CDが売れなくなってきたことで、ライブなどの公演で取り戻そうというところに新型コロナウイルスがあった。ライブマーケットが非常に厳しい状況におかれるなか、うちでも「Stagecrowd」という配信システムを始めるなど、新しいライブのあり方が台頭してきています。今後は、オフラインのライブの代替としてではなく、まったく新しいエンターテイメントとして進化していくだろうと思っています。

トピック3 :アーティストとファンとの距離感

これまで僕は「デジタルは戦術のひとつであって、デジタルだけではヒットソングは生まれない」とずっと言ってきました。ところが、ここ数ヶ月で考え方を改めています。wacci の「別の人の彼女になったよ」というヒット曲があるんですが、きっかけは全部デジタルで完結。これはYouTubeのコメント欄に投稿されたユーザー自身の体験話がきっかけになって、広まっているわけじゃないですか。僕の時代感覚からすると、こういう展開は全然読めなかった。今後の戦略は間違いなく新しい世代が作っていくのだと感じています(笑)。

また、マーケターという立場から最近気がついたことでいいますと、これからエンタメ・ビジネスは、間違いなく“トキ消費”になっていくということですね。“お金”じゃなくて、“時”なんです。これまでだったら握手会でモノを買ってもらうとか、そういったことがビジネスとして成立していました。映像メディアというとテレビしかなかったけれど、今だったらYouTubeもあるしTikTok(ティックトック)もある。そこでどうやって時間を割いてもらうのかということです。特に今はコロナの影響で、“トキ消費”が加速している印象です。

たとえばフェスのように体験そのものに価値が見出される傾向はこれまでにもありましたが、今後はますます「所有」への興味が薄れ、サブスクリプション化が進むことになるでしょう。あらゆるビジネスがシェアビジネスになってくる。「所有」の概念がないわけですから、時間を制するものが業界を制することになると思います。ただ、チャネルがすごく増えている一方で時間は限られていますから、「可処分時間」をどうやってこちらに向けてもらうかが焦点になっていくでしょうね。

求められるのはユーモア、そして役割認識力

── 今後の音楽業界で必要となる、一緒に働きたい人材とは?

“ユーモア”のある人がいいですね。デビューまもない宇多田ヒカルに「絶望の反対ってなんだと思う?」と聞かれたことがあって、その時の彼女の答えが「ユーモア」だったんですよ。絶望の淵で立ち向かえないような現実に直面するときってあるじゃないですか。そんなときに救いになるのが、エンタメからもらったユーモアだったり、ちょっとした言葉だったり…。ユーモアがあれば、その人の人生までは救えないかもしれないけど、乗り越えるきっかけになることがあるんですよ。エンタメ業界にいると、そういう瞬間をたくさん目の当たりにすることがあるんです。業界に限らず、社会全体に対しても言えることだと思いますが。

ほんとに最初は笑い話みたいなところからすごいプロジェクトにつながったりする、そういう懐の深さをもっているのもエンタメ業界の特徴ですよね。特に当社(ソニーミュージック)なんて、若手のアイデアをどんどん引き上げるところがあって。たとえば、今ブレイク中の「YOASOBI」も若手のアイデアが形になったもののひとつです。

だからやっぱりアイデアをもってる人、アイデアの中にユーモアがある人の力は大きいですね。あとは、「いいものはいい」といえる人。自分の中に美学がある人。それから、あんまりジャンルに特化されてないほうがいいですね。一般的には担当するアーティストが多岐にわたるので、興味のレンジが広くて、ある種の器用さみたいなものがある人のほうがいい。そのうえで、なにかひとつ突出したものがあるという人が重宝されるような気がします。世の中のことをちゃんと俯瞰から見ている人、その努力を惜しまない人、いつもアンテナを立ててる人がいいですね。

また、成功するときというのは、チームバランスが良いときなんです。なので、自分の役割をわかっていて、組織の中で最大の力を発揮できる人は必要とされますね。組織を引っ張る人間は、プレーヤーの力を最大限に引き出すのがミッション。プレーヤーの側も自分の役割がわかっているという具合に、バランスが取れていると組織が最大化されますよね。つまり、メジャーレーベルでは必ずしも個人がすべてをこなさなくてもいいんです。それぞれがチームの中で、自分のミッションを理解して確実に果たす。

それが大事なことだと思っています。

〔取材は2020年10月13日、株式会社エイスリーにて〕

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