株式会社ブックウォーカー 代表取締役社長 橋場 一郎氏が語る 「電子書籍が鍵となった出版業界の再興と面白い作品が生み出される世の中にかける想い」

 

『エンタメ人』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、エンタメへの想いから現在の業界動向まで伺っていく。第33回は、KADOKAWAの子会社であり、電子書籍全般に関する事業を第一線で牽引するデジタル戦略カンパニーを取り上げる。(編集部)

プロフィール

橋場 一郎 ハシバ イチロウ)

株式会社ブックウォーカー 代表取締役社長

2012年1月に株式会社角川コンテンツゲート(現ブックウォーカー)に入社。電子書籍関連ビジネスの企画から開発まで担当する。2019年6月に代表取締役就任。2020年4月よりKADOKAWA兼務(デジタル事業担当)

電子書籍のバリューチェーンを一貫して支えるマルチな事業展開

ー貴社の事業内容をお伺いできますでしょうか。

電子書籍に関連する一連の事業を広くやっている会社です。

出版社が作った電子書籍を取り次いで、各電子書籍店に卸すという、卸売業に近い業務だったり、弊社自身も書店を持って直接お客様に売る、ということを行っています。また、dブック、dマガジンなどはサービスの裏側を弊社にお任せいただいています。

卸しから、直販、パートナーシップ事業のような形まで、一貫して電子書籍の流通に携わっております。

ー御社の競合はどういった企業様やサービスになるのでしょうか。

会社と店舗両方の目線がありますが、会社としての競合はスクリーンタイムの奪い合いになっている他のエンタメサービスだと思っています。出版に関わる同業者様は卸し先であったりパートナーシップなどもあるので、全くの競合とは思っていません。

冒頭でも触れたように、弊社は電子書籍市場の端から端まで一貫して関わる事業モデルです。そのため、我々のノウハウを使って様々な企業様と協力する、お手伝いする、という形で事業を展開しています。

要するに、電子書籍市場、さらには出版業界にいらっしゃる企業様は弊社にとっては仲間なので、競合としては動画サービスやゲームの会社、またSNSの会社などが入ってくると考えています。

ーサービスを作っていく上で意識していることはありますか。

本が大好きな人たちにとって、使い勝手が良いかという部分をこの10年間の間、一貫して意識してきましたね。具体的には、本や漫画を1万冊以上も所有しているレベルの人たちが使ってくれる、紙の本と同じように収集すること自体の楽しみを持てるサービスを目指してきました。

電子書籍って「本を所有している感じがしない」と、従来の本好きな人たちからすると物足らない部分があるので、そこをいかに埋めるかという部分に弊社は注力してきたと思います。

あとは、特定の書店で限定のポストカードやサインや限定イラストがもらえる、というキャンペーンもよくあると思うのですが、同じような考えを電子書籍店の中で弊社はいち早く導入しました。そのため、利用者数の割に1人あたりの購入冊数はすごく多い書店になっていると思います。

また、弊社の親会社KADOKAWAが出版事業を持っているのもひとつ特徴かと思います。売り上げの内訳はやはり漫画がとても多いのですが、KADOKAWAがライトノベルにすごく強いので、弊社はノベルも結構力を入れており、「漫画だけではない」、ということも売りにしています。

電子書籍が出版業界の再興に与えた影響と今後の課題

ー現在の電子書籍市場についてお聞かせください。

そうですね、電子書籍市場は国内でも着々と大きくなっています。元々出版市場業界は1995年頃をピークにして、業界の市場規模が2兆円以上あったのですが、3年前まではどんどん減少していく状況でした。ですが、今は電子書籍だけでなく、紙の本の売り上げも伸びてきて、漫画ジャンルに絞って言うと昨年度は過去最高を記録しています。

弊社としても以前は減少してきている出版市場を電子書籍というもので埋められないか、という目線でしたが、現在は紙の本も含めて出版市場全体をどうやって盛り上げていくのかという目線で事業を考えています。

ー出版市場が盛り返してきた理由をお伺いしてもよろしいでしょうか。

シンプルにいうと、コロナ渦による巣ごもり需要の影響と電子書籍の普及です。

電子書籍の普及に関しては漫画の領域が大きいのですが、市場における電子書籍の占める割合はジャンルによっては30~50%ほどになってきています。ただ、今後電子書籍の割合が増え続けていくかというと、そうではありません。電子書籍が売れれば、それに伴い紙の本の売上も増えていくと考えています。

最近は書籍の映像化も多いので、紙の本が売れ、映像がヒットし、紙の本が売り切れると、電子書籍で売れる、というようなサイクルも生まれてきています。また電子書籍で売れると、人気ランキングなどに上がるので、さらに興味を持つ人が増えて、紙の本がまた売れるというサイクルが生まれていて、その結果、紙の本と電子書籍がどちらも売上が増えていくという事が起きています。

ー良いサイクルができているんですね!

そうですね、コロナ禍で起きた大ヒット作の誕生や家での自由時間が増えた影響で、出版市場全体の売上がここ2年で急速に伸び、潮目が変わりました。ただ、両者のニーズには若干ズレがある点にも注意しなければなりません。

紙の本が欲しい人は物として欲しい場合や、読まなくなったら売りたいという意図がありますし、一方、電子書籍は、書店が開いていなくてもいつでもどこでも購入して読めるので、読んでいる途中で次の巻が読みたくなったとき、すぐ購入したいというユーザーのニーズに応えられることが強みです。

ー業界の課題についてはどのようにお考えでしょうか。

課題はいくらでもありますね。(笑)まず、ユーザー側からみた課題でいうと、電子書籍ならではの不便が生じてしまうことです。

電子書籍の歴史は1980年代から始まっています。iPadやKindleが登場してきたここ10年、2012年くらいからが第三世代と呼ばれていますが、電子書籍のイメージはデータを買うというよりも、一時的な閲読権を獲得している、つまりレンタルしているという感覚を持たれていることが多いです。

たしかに電子書籍は、読んだ後に売ることができない、アカウントが消えて読めなくなってしまう、といった紙の本では考えられない不便さが生じてしまっています。また、紙の本はどこの書店で購入しても自分の本棚に置くことができますが、電子書籍の場合は、ダウンロードしたアプリ内でしか閲読できないという不便もあります。

ー出版社からみた課題はどういったものがあるのでしょうか。

出版社から見た課題としては、電子書籍ファーストでの成功モデルがほとんどないということでしょうか。現状では紙の書籍を出版する際に同時に電子書籍も出版することがだんだんと普通にはなってきましたが、電子書籍でまず出してみて、そのあとに電子書籍がヒットしたから紙の書籍でも出してみるといった形が試行錯誤中であるということです。

ただここ10年ほどで電子書籍よりも紙の本が良い、という風潮から電子書籍も読み手が選ぶ一つの重要な選択肢だ、という流れに徐々に変わってきているので、今後は電子書籍で試してみて、うまくいったら紙の本も出版するというような成功例を生み出していきたいですね。

ーたしかに、最近はネット発信の漫画や電子書籍がバズって、それが書籍化されることも多々ありますよね。

今の書籍の作り方の一部は、ネット上で連載されていたり、個人が書いていたツイッター上の漫画にいいねがついて、編集部がそれを見つけてきて、紙の本にします。そしてそれをまた電子書籍にして販売することも多いです。

そのため当然ながら、ネット上で連載をしてから紙の本にするというモデルは、今後も十分に可能性がありますし、また、そういったモデルにシフトしていった方が、ユーザーに提供する価値をより意識していけるのではないかと思います。

ただ単に読めればいい、消耗すればいいというコンテンツではなく、それ以上のものを、我々が技術も含めて提供していきたいですね。

単に読めればいいだけだと、海賊版だったり、漫画喫茶に行けばいいということになってしまうので、そうではなく、著者にきちんとお金が入り、著者はお金が入ることによって、その次の作品の創作意欲が湧く、そしてもっとそのサイクルが回るというモデルにしなければなりません。どんどん面白い良い作品を生み出されるためには、そのサイクルを作る必要があるのです。

ー今後も電子書籍の市場が成長するために何が必要だと考えておりますでしょうか。

ここからさらに電子書籍の市場を拡大させていく鍵は、”海外”だと思っています。

今は日本の出版社が海外の出版社にライツアウトした翻訳作品を日本で仕入れ直して、またそれを海外のお客様に売るという流れですが、今後は日本の出版社が自ら日本で翻訳して、海外のお客様に直接リーチできるようにしていく、という流れを作る必要があると思っています。

Netflixなどの映像サービスがわかりやすい例で、世界中で同時にコンテンツを配信しますよね。海外市場に進出するためには同時に配信できるということが大事だと思っているので、世界中にアプローチしたいときに、テクノロジーも活用することによって、あらゆる言語で同時期に販売できるようになっていくべきだと思っています。

海外の市場規模は人口計算で見ても単純に日本の60倍です。電子書籍という手段で日本からより多くの作品をリアルタイムで発信することができれば、伸びしろはまだまだあると思っています。

“好きなもの”に対する想いが、良いサービスをつくりだす

ー橋場様が思う「仕事ができる人」というのはどういう人でしょうか。

「仕事ができる人」には、2つあると思っています。まず1つが「言われたタスクをすばやく大量に処理できる人」、次に「自分で仕事を作り出せる人」です。どちらも大事なことなのですが、私は後者の方が重要だと思っています。

私たちがやりたいことは、先ほど述べたように、世の中に楽しい作品がもっと溢れるためのサイクルを作ることなので、今やっている仕事がそれに合っているかどうか、自分のやっている作業が何に繋がっているのかということを把握し、自分がするべき仕事を探し出せるような人が仕事ができる人だと思っています。

ー採用の際、重視しているポイントはありますか。

弊社の採用においては、「好きなものがある」ことを重要視しています。好きなものがあって、好きなものを伝えたいと思っている人が、好きなものに関わる環境で働くことは絶対良いことだと思っているからです。

そういう想いや熱量が、仕事に似たような形で反映されるといいなと思っています。親会社のKADOKAWAも採用サイトに「好きすぎるは、才能。」と書いていて、良いキャッチコピーだと個人的にも思っています。

その他だと、言葉に想いが乗っていることが伝わる話し方をしている人も採用したいです。漫画や本が大好きです、という人がよく採用面接にいらっしゃるのですが、

私がする質問は
・最近読んで面白かった漫画や本のタイトルを教えてください
・月に何冊漫画や本を読んでますか
・月に漫画や本にいくら使っていますか

など、嘘をつくとバレてしまうような内容をさせていただく事が多いです。その回答次第で、先ほども少し触れましたが作品をただコンテンツとして消費しているのか、愛を持って向き合っているのかがわかります。

ただ自分がコンテンツを楽しむことができればいい、という考えではなく、それを周りに伝え、その作品が人気になることで著者や出版社に還元され、また新たに良い作品が生まれる、というサイクルを理解し、そのサイクルに貢献したいと思ってくれるか、という部分を見ていますね。

ーこれからの電子書籍市場で活躍する人はどんな人だと思いますか。

採用のポイントと同じになってしまうのですが、良い作品が出てくる仕組みにどんな形、どんな仕事でも良いから貢献したい、という想いを持っている人だと思っています。

我々は出版社ではなく、流通業でありマーケティング業なので、想いがとても重要です。出版社の編集者は、著者が書きたいものと世間のニーズのギャップを埋めるのが役割ですが、我々の役割は、生み出された作品とその作品を読みたい人をどう繋げるか、というところなので、役割が違います。

そのため、作品への想い、作品を広めたいという想い、さらには作品を生み出す出版業界の未来への想いを持っている人が電子書籍市場で活躍していくのではないでしょうか。

ーありがとうございます。最後に、橋場さんのエンタメや今の仕事にかける想いをお聞かせください。

そうですね、自分が何故この仕事をやっていて、どこにやりがいを持っているのか、という原点としてはとてもシンプルで、「面白い本がもっと読みたい」というものです。新しいクリエイターや新しい才能がどんどん出てきて、その作品がどんどん売れることが、仕事を頑張れる理由です。

どんな形だとしても自分の仕事が面白い本や作品生み出されることに繋がっていると思うことが、充実感や達成感にもなりますね。

また、一緒に働く人には「エンタメは生きる上では不可欠なものではないが、自分自身が楽しんで、その楽しいコンテンツを人に伝えていくもの」という本質の部分を理解して欲しいと思っています。

僕自身が、​​「エンタメとは人間がより人間らしく生きるために必要不可欠なもの」だと思っているのですが、エンタメや弊社が携わっている出版業界の領域って衣食住や社会インフラのように、必要不可欠な要素じゃないですよね。

「エンタメで自分が救われた」、「エンタメのおかげで自分らしく生きられる」という部分に原体験や共感があって、より多くの人にもエンタメを楽しんで欲しいという想いのある人、その上で、業界理解が深い人がサービスを作っていく、ということが、我々の会社にとって一番重要だと思います。