イープラス・松田勝一郎氏が語る「テクノロジーの進化とエンタメの未来」

 

『エンタメ人☆彡』がお届けする、エンタメ業界のトッププロデューサー/経営者へのインタビュー連載。エンタメ業界へ転職を考えている方へ向けて、若手時代の苦労話から現在の業界動向まで伺っていく。第25回は、チケット販売を行う会社を取り上げる。(編集部)

松田 勝一郎
株式会社イープラス 常務執行役員
海外で育ち、通信会社で社会に出て、ネット企業を創業、米国で起業、ソニー、ソニーミュジックエンタテインメント、イープラスで事業立上げ、事業戦略、マーケティング、M&Aに従事。
仕事のテーマは、「エンタメ × IT」、「アート × サイエンス(創造 × 科学)」。イープラスをエンタメ界随一のIT企業にすべく、様々な新しい取組を実施。
趣味は野生、ヨガ、冬登山、海遊び、農園。

チケットのネット販売から始まり事業の多角化へ

── まずは、御社の事業内容について教えていただけますでしょうか。

ソニーグループとセゾングループとのJV(ジョイント・ベンチャー)として1999年に始まったのが、株式会社イープラスです。

業界最大級のチケット販売サイト「イープラス」を運営しており、1,600万人を超える会員の方にご利用いただいています。チケット販売だけではなく、グッズ販売、会場でのチケットのキオスク端末や、飲食のモバイルオーダー、ファンクラブといったサービスも提供しています。

我々は、エンタメ業界の方々のビジネスチャンスを、より大きくしていきたいと考えています。そのため、興行を行う人がネットを活用して売上を増やしたり、コストを落としたりできるようなビジネスの拡張を行っています。

最近では2021年3月に、東京ドームでの飲食モバイルオーダーサービスを開始しました。野球観戦前や観戦中に、手元のスマホでご注文して、お店に引取りに行くだけのサービスです。一部の座席に対して飲食のデリバリーもご提供しています。並ばずに飲食をご注文できるので、観戦の楽しみの時間を無駄しにしません。

そして、2020年5月に開始したサービスとして、ライブ動画配信サービス「Streaming+」があります。会場に来られない人にも、ライブやイベントを映像として届けたいという想いから開始しました。コロナ禍おいて、ライブの新しい届け方として、エンタメ業界の生配信に対する意識の変化に繋がったのではないかと思っています。

現在、動画配信はまだまだ黎明期にあると考えています。カメラを介し、インターネットを通じて映像をお客様に届けられるのは便利ですが、ライブのリアル体験と比較するとまだ消化不良な部分があるのが事実です。視聴チケット代を支払っているにもかかわらず無料で視聴できるテレビに視聴体験が近いといった感じもあります。「昔、テレビの黎明期に番組コンテンツの作り方が分からず、ラジオ番組のような内容をテレビで放送していた」感じに似ている気がします。その後、テレビは独自のコンテンツ制作のノウハウを得て、独自のコンテンツを放送して現在に至っています。今後、動画配信コンテンツも同様に、独自の作り方を得ていくことになると思います。その大半の要素を補うテクノロジーの開発も、イープラスにとって大切な仕事と考えています。

また、グッズ販売の分野では、今や当たり前となったECやモバイルオーダーのサービス以外に、グッズにテクノロジーを組合せることで、グッズそのものの商品価値を高められると考えます。例えば、キーホルダーにAR(拡張現実)を仕込むことで、自分の好きなアーティストを好きな時に自分の目の前に投影することができるなど、従来にはない楽しみ方を提供できます。

配信やマーチャンダイジングにおいても、コンテンツとテクノロジーを組み合わせて、新しいエンタメの楽しみ方をお客様に届けたいと思っています。

テクノロジーが変えるライブエンタテインメントの世界

── コロナ禍において、リアルライブとオンラインライブのすみ分けはどのようになっていくとお考えでしょうか。

コロナ禍が収まっても、リアルライブにおいて、チケットの完売やお客様が来場できない場合にニーズがあると考えます。リアルライブと配信ライブを両方行う「ハイブリッド」のケースもあるでしょう。

他方、映像ならではのエンタメの楽しみ方が、大きく発展していくと考えます。

配信、デジタル・エンターテインメントは、移動を伴わないので地理的な制約、物理会場がないので①距離の制約と②キャパシティに制限がなく、さらに収録されているものであれば③時間の制約もありません。その意味で、論理的には、リアルライブのマーケットサイズを遥かに超えるポテンシャルのマーケットが存在していると言えます。

他方、どの時代においても、テクノロジーがエンターテインメントを進化させます。エンタメの流通において、印刷の発明で楽譜、蓄音機の発明でレコード、デジタルの発明で配信が生まれました。ライブにおいては、金属加工技術で金管楽器、電気でエレキやアンプ、デジタルでの音源制作やミックスが生まれて音楽の表現の幅が広がりました。さらに、アンプや照明、LED、ムービングライト、レーザーでライブの演出が進化しました。

これらと同様に、配信、デジタル・エンターテインメントにおいても、xRやデジタル処理、双方向性によって大きく進化していくと考えます。その意味では、オンラインゲームの世界と我々の世界が、近くなっていくのではないでしょうか。

ユーザー行動分析を意図したSPICEの戦略について

── エンタメ情報に特化したサイトである「SPICE」ですが、これはどのような背景で開設されたのでしょうか。

SPICEは創設からもうすぐ6年が経過します。1か月あたり約500万人の方々に閲覧して頂いています。

開設した理由のひとつは、エンタテインメントを総合的に発信する自分たちのメディアが欲しかったから。

もうひとつは、お客様の嗜好データを得て、マーケティングに活用したかったからです。

現在、多くのネットメディアでは専門性に特化した情報を発信していることが多いです。これは、ネットの指向性が深度化する傾向にあるからです。そのため、ネットメディアはジャンル別や嗜好別の専門サイトが多くありますが、多様なジャンルを網羅的に発信するエンタメ・ネットメディアはビジネス的に成立しにくいので少ないです。私としては、多くの方々にできるだけ幅広いエンタメに触れて、知って欲しいと思っています。

そのため、さまざまなエンタメ情報を幅広く発信するメディアを作りたいと考えたのです。多種多様なエンタメに興味を持ってもらい、様々なイベントに足を運んでくれる人が一人でも増えるよう、あらゆるジャンルの情報を網羅することを意識しました。多くのジャンルを網羅しながらも、一つ一つの記事はそのエンタメを濃く深く伝える内容のメディアとして創設しました。

また、メディアの方針として広告を掲載しないという考え方でスタートさせました。今の時代、ネットメディアは広告で成り立っていて、記事広告も多いです。SPICEは我々がエンタメファンに伝えたい内容を伝えることを一義としており、メディアの信憑性が非常に重要と考えています。記事広告による提灯記事は、いまのエンタメファンには、すぐに見透かされます。

あくまでも我々がいいと思ったことや、我々の言葉で伝えたいことを表現できるメディアにしたかったのです。立ち上がり時期は半分ほどが他のキュレーションを用いていましたが、現在は全て自社の独自記事で構成されています。

今後は、ユーザーの方々とアーティストを繋ぐ、新しい形のOne 2 Oneのプロモーションも検討しています。

── SPICEは制作機能も自社で持たれているのですか?

はい。社内に専門のSPICE編集部があり、外部ライターの方も数百人契約しています。

また、SPICEを立ち上げる数年前に当社のマーケティング・データベースをすべて作り替え、ユーザーのすべてのアクションを点数化しています。1,600万人のアクティブユーザーの方々が、何にどのくらい興味・関心があるのかを点数にしているのです。

例えば、10年ほど前にU2のライブに来場した人たちに、現在、マーケティングをかけても、今も興味を持ち続けているかはわかりません。今、この瞬間にU2に興味を持っている人は誰なのかを特定したいわけです。U2がワールドツアーをしていた時、来日の可能性がある段階からSPICEでは海外のツアーレポートなど、様々な題材を記事に掲載しました。記事の閲覧から誰が見たかをスコアリングします。

閲覧した方々はU2に興味がある可能性がありますし、記事を閲覧した人たちに近い嗜好性の方々も記事は見ていませんが興味を持っている確率は高いと言えるでしょう。スコアリングは、全て膨大なビッグデータをコンピュータで自動演算して、それを用いてデジタル・マーケティングしています。

さらにデータを深掘りし、一人でも多くのファンを世の中に

── 今後の新しい事業展開についてはどのように考えているのでしょうか。

アーティストやクリエイターは、以前はラジオ、テレビ、雑誌などで認知を広げて、ライブなどで接触機会を持ってきました。その上でファンの方々がチケットやグッズを購入したり、ファンミーティングなどに参加することでアーティストやクリエイターの経済が回ります。しかし、「知ってもらう」「好きになってもらう」という起点がない限り、経済的対価に行きつくサイクルは回りません。

イープラスのお客様は、エンタメに経済的にも時間的にも消費をしている方々です。その方々の嗜好性に基づいて、新しいエンタメをご案内したり、気がついて頂いて、一人でも多くのファンを作り出すことが、次にイープラスがやることだと思っています。

ファンクラブのビジネスを始めていますが、既存の競合他社が多いので普通に考えたら参入すべきではない領域です。しかしイープラスの使命は、アーティストやクリエイターの方々のファンを増やすことと、その方々が自分の才能で経済活動ができることです。チケット、物販、配信、ファンクラブ、公演の企画など必要な機能が、イープラスには全て揃っています。日本のエンタメ業界で、才能のあるアーティストやクリエーターが、継続的に自分の人生をHAPPYにするために役に立っていきたいです。

昨年、エージェントビジネスを開始しました。従来、アーティストやクリエイターは事務所に所属していろいろな活動をします。現在、SNS、動画や音楽配信プラットフォーム、グッズ製作や販売プラットフォームなど、事務所に所属せずに個人で活動する環境が整いつつあります。才能のあるアーティストやクリエイターが自ら、さまざまなビジネスを組み立てたり、自分の活動を直接ファンに届けたりすることが可能となっています。しかし、それらを本当に駆使するためにはITリテラシーや、ビジネスセンスが必要となります。アーティストやクリエイターと我々が対等なエージェント契約を結び、イープラスはITとビジネス機会を提供してクリエイターの人たちが自立して食べていける形を作り始めたのです。事務所がなくなるとは思いません。しかし、自分の才能で自活して生きていこうとするアーティストやクリエイターの選択肢の一つとして、活動する人たちのサポートができたらいいなと思っています。

今はエージェント契約を個人、法人含め9人と結んでいますが、契約をしなくても我々の機能をいろいろな人たちに使ってもらうのがゆくゆくの姿としてはあると思います。

エンタメのビジネス・プラットフォームのようなものです。

通信業界〜社内起業を経てエンタメ業界へ

── 松田さんはもともと通信業界で働かれていますが、どのような経緯でエンタメ業界に入られたのでしょうか。

社会に出るにあたって30才で起業しようと思い、スピードと規模感からいろいろな経験ができるのが、当時自由化された通信会社だと思い、そこで社会人をスタートさせました。通信会社時代にサラリーマンでありながら、起業する機会が2度ありました。一つは1994年にインターネット事業、二つめはアメリカでの起業です。

一つ目のインターネット事業の起業は、あるビジネスの立ち上げがきっかけでした。インターネットも無く、テレビ局が海外から放送素材を受信するのに膨大な費用を寡占企業に支払っていました。その費用を大幅に削減して寡占企業から商売を奪取できないかと考え、1992年、巨大なパラボラアンテナをテレビ局の上に立てて直送するビジネスを立ち上げました。結果、2つのテレビ局に導入いただき、大幅な費用削減のみならず、海外からのニュース中継などの放送素材を大幅に増やすことができるようになりました。映像伝送事業を立上げた後、1993年にアメリカの雑誌を眺めていたら「個人でも放送局ができる時代が来る」という小さなコラムがあり、何だろうと思っていたらそれが今のインターネットでした。インターネットというものが分からず、1ヶ月アメリカの大学や企業を訪問して独学をして、その記事から1年後、1994年に社内起業で、インターネット事業を立ち上げました。

さらにその後、世界的な通信事業の自由化の中、1998年にアメリカでの子会社の起業と事業展開を行いました。

2002年に、ITやメディアの形が今後変わると感じ、通信と放送の融合と言われたその最中に、SONYに転職しました。SONYに4年いましたが、その当時は企業文化がメーカーだったこともあり、ITやメディアの時代と言われながらも、社内の雰囲気はそんな感じではありませんでした。

2006年に、ソニー・ミュージックエンタテインメントに移り、今後ライブエンターテインメントが重要だと思い事業部を立ち上げました。

イープラスは、2006年から関わっていますが、完全にイープラスに所属したのが2011年です。

このように、通信、事業立上げ、起業、IT、海外、メディア、エンタメと変遷してきたのは運と縁ですね。

── 仮に、今大学生ならどのような会社に就職されますか。

これからの時代、日本のおかれている状況、世界のパワーシフト、ITで世界の距離が縮まることを考えると、アジアかアフリカで起業するでしょうね。おそらく日本にいないと思います。新しい創造の世界が刺激的だからですね。

1回しかない人生。時間だけが、万人に唯一平等に与えられています。その貴重な1分1秒をどのように使うかということが、人生の過ごし方を豊かにするかどうかと思います。豊かというのは20世紀的にいうと金銭や物質ですが、それで人々は幸せにはなりませんでした。21世紀の求める豊かさは、気持ちとしての心の豊かさや充足にあると思います。

注目するエンタメ×技術

── 最近、注目しているコンテンツや新技術はありますか。

いままでも、エンタメを進化させたのはテクノロジーだと思います。印刷、機械工作、蓄音、録画、電気、照明、デジタル、などなど。これらのテクノロジーでエンタメは進化してきました。

今後、IT、AI、xRがエンタメをどのように進化させられるのか、興味があります。

イープラスでは、今後、映像収録や配信ができるスタジオを作ります。現在は、演者の方々が収録や配信を行うスタジオを探すのが大変ですし、あったとしても機材を持ち込まなければいけません。機材もスタッフも揃っていて、容易に収録できるスタジオを作る予定です。その中で新しいテクノロジーを試していくことになるでしょう。

エンタメの将来を担う「人材」とは

── 今後、エンタメ業界ではどのようなマインドやスキルを持った人が活躍すると思いますか?

ひとつは、今までの固定概念に囚われずチャレンジする人です。もうひとつは、アートとサイエンスを掛け合わせることのできる人がもっと必要になるでしょう。クリエイションとテクノロジーが両方わかる人ということです。それは人の心とコンピュータ両方がわかる人とも言えます。

── 中途採用もされていますが、同じような人を求められていますか?

職種によって異なりますが、根底は同じです。もうひとつ大事なことは、エンタメ業界は外から見ると華やかですが、実際にはとても泥臭いと言えます。その泥臭さに耐えられるかどうかが重要です。

── 個人としても一緒に働きたいのは今おっしゃったような方ですか?

同じような人ばかりで組織を作るべきではないと考えているので、いろんな考え方や価値観、才能が組織に集うべきだと思います。そのようにしないと新しい物が生まれません。

── 最後に、松田さまにとって「エンタメ」とは何でしょうか。

心と社会の潤滑油でしょう。個人においても社会においても。

もし、この世から全てのエンタメが消えたら、どうなるでしょうか。とてもギスギスしたものになるでしょう。食料や水と違って死にはしませんが、あったほうが心豊かになります。燃料ではなく、潤滑油だと思います。